奈良地方裁判所 平成10年(ヨ)114号 決定 1999年1月11日
債権者
平井敬二郎
債権者
松岡潤
債権者
辰井康泰
債権者
西口強
債権者
河本正美
債権者
中村辰則
債権者
山田己次
債権者ら代理人弁護士
北岡秀晃
同
宮尾耕二
同
中西達也
債務者
日進工機株式会社
右代表者代表取締役
児玉恭典
債務者代理人弁護士
津田禎三
同
津田尚廣
同
藤井薫
同
下浦弘章
同
安若多加志
主文
一 債権者らが債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、平成一〇年八月から本案判決の確定に至るまで、毎月末日の前日限り、一ヶ月あたり
債権者平井敬二郎に対しては金三六八、一二三円
債権者松岡潤に対しては金三九〇、〇六六円
債権者辰井康泰に対しては金二九八、二〇一円
債権者西口強に対しては金二五八、五〇〇円
債権者河本正美に対しては金二五五、三〇二円
債権者中村辰則に対しては金三一九、一〇二円
債権者山田己次に対しては金三〇五、〇〇〇円
の割合による金員を支払え。
三 債権者平井敬二郎のその余の申立を却下する。
事実および理由
第一申立
債権者平井敬二郎の一ヶ月の金員給付額を金三七一、五九五円とするほか主文と同じ。
第二事案の概要
一 争いのない事実並びに証拠により容易に認定することができる事実
1 債権者七名は平成四年一一月から平成九年二月にかけて申立外進永工業株式会社に入社した従業員であり、平成一〇年六月一日に奈良県労働組合連合会一般労組に加盟し、一般労組進永工業支部を結成したものである。
2 進永工業株式会社は昭和三六年三月に設立された土木建設基礎工事用機械器具の製造および加工を目的とする株式会社である。平成八年七月に大東市から現在の住所地に工場を移転し、債権者ら七名の従業員を使用して、主としてボーリング等の掘削用器具を繋ぐジョイントと呼ばれる部品を製造してきた。
債務者は昭和六一年一一月二七日に設立された株式会社であり、同社は進永工業株式会社が製造したジョイントと、スクリューと呼ばれる器具を取付加工しこれを製品として販売する会社で、進永工業株式会社の工場と同一の敷地内にその工場等がある。
債務者の代表取締役は児玉恭典であるが、同人は進永工業株式会社の実質的な経営者でもある(進永工業株式会社の登記簿上の代表者は児玉ゑみ子であり、児玉恭典は取締役である。但し進永工業株式会社は後記のとおり平成一〇年八月四日付で解散決議、解散登記がされ、児玉ゑみ子が代表清算人に就任した)。児玉恭典は右二社のほかに株式会社進永も経営しておりその代表取締役の地位にある。同社は進永工業株式会社が製造したジョイントを販売するための会社であるが独自の従業員を持たない。
進永工業株式会社で製造されたジョイントは形式上株式会社進永を通じ、あるいは債務者においてスクリューを取り付けた上で出荷される形となっており三社の関係は極めて深い。ジョイントを製造する会社は他にもあるが、進永工業株式会社は全国的にもトップレベルのシェアを有しており、債務者において更にスクリューを取付加工し製品として出荷することができること、在庫が豊富であることが他のメーカーに対して優位な点であった。
3 児玉恭典はかねてから会社(進永工業株式会社、株式会社進永、債務者の三社)の業績がよくない旨発言していたが、進永工業株式会社は平成一〇年五月三〇日付で(以下、年号の記載のないものは全て平成一〇年)債権者ら七名に対し、六月五日をもって進永工業株式会社の工場の全業務を廃止し企業を廃止することになったので退職届を提出すべきこと、もし提出しないときは同日付で解雇する旨の通知をした。
債権者らは六月一日に進永工業株式会社に出社したが、工場通用門には「当社は本日より休業致しますので従業員には自宅待機をお願いします」という貼り紙がはられていた。
債権者らは同日付で前1項記載の労働組合を結成した(以下「組合」という)。
4 組合の団体交渉の申し出を受けて、六月八日、進永工業株式会社と組合との間で団体交渉が行われた。
席上、組合において事業の継続、雇用の継続、自宅待機中の賃金補償等の要求を行ったところ、児玉恭典はこれら組合の要求を受け入れる旨の回答をした。
児玉恭典は同月二三日、組合の支部長の地位にあった債権者河本正美に対し、個人的に話がしたいとして他社出向の話を持ちかけた。右を契機にして組合は同日緊急の団体交渉の申し入れをし、同月二九日に団体交渉が開催された。
七月一日、進永工業株式会社は組合に対して「具体策」と題する書面を送付し、従業員を宮藤産業株式会社に出向させること、賃金を基本給の一〇パーセント削減とすること、進永工業株式会社、株式会社進永、債務者の三社を債務者会社の一社に統合することを検討しているので組合においても検討するよう求めた。
債権者らは翌日の団体交渉において、出向については条件が合致すれば検討すること、三社統合は基本的に了承すること、賃金カットについては応じられないことを回答した。
席上、組合側においては会社のバランスシートを明らかにすることを求め、児玉恭典はこれを了承した。
5 七月一〇日に至り、進永工業株式会社は組合支部長であった債権者平井に対し、前回の団体交渉において相談した内容を白紙に戻すこと、以後の交渉は債務者会社の取引先である宮藤産業株式会社の代表取締役である佐藤孝雄を代理人として行う旨を通告した。
組合は進永工業株式会社に対し、七月一〇日以降団体交渉の申し入れを重ねたが、進永工業は社内検討中であるとしてこれに応じなかった。
七月一〇日、佐藤は債権者平井に対し個人的に話がしたい旨の申し入れをしたが、同人は個人的な話は出来ないとして組合との団体交渉を求めた。
同日午後四時頃、進永工業株式会社は佐藤孝雄を通じ、債権者ら従業員七名を集め、債権者らを解雇する旨の通告をした(以下これを「本件解雇」という)。
6 進永工業株式会社においては、平成一〇年八月四日の株主総会において解散の決議がされ、同日付で会社解散の登記がされた。
二 債権者らの主張
以上の経過を以てされた本件解雇について、債権者らは解雇権を濫用する違法なものであると主張する。
即ち債権者らは、債務者会社が進永工業株式会社の営業用資産を不動産を除いて全て譲り受けているものであり、実質的には進永工業株式会社の営業は債務者会社に譲渡されたものとみるべきであると主張する。従って進永工業株式会社の解散は企業閉鎖を偽装したものであり、本件解雇は実質上は整理解雇に該当するものであるところ、本件解雇にあたっては整理解雇において履践されるべき手続きが全く踏まれていないから、解雇権の濫用に当たるものと主張する。
三 争点
1 本件解雇が解雇権を濫用するものであると認められるか。
2 債務者会社が、進永工業株式会社と債権者らとの間の雇用契約上の地位を引き継ぐものと認められるか。
第三争点についての判断
一 進永工業株式会社がした債権者らの本件解雇が、解雇権を濫用するものと認められるかどうかについて以下に判断する。
企業は本来的にその存続解散の選択を自らの決定によってなし得るものと言うべきであって、株式会社においては株主総会の特別決議を経ることによって、いつでも自由に解散の道を選ぶことが出来るものである(商法四〇四、四〇五条)。進永工業株式会社においては、平成一〇年八月四日の株主総会において解散の決議がされ、同日付で会社解散の登記がされたものであることは既に当事者間に争いがない事実として摘示したところである(代表清算人には児玉ゑみ子が就任している。<証拠略>)。しかしながら企業に雇用される労働者の労働契約は、企業の解散決議によって当然終了するものではないから(もっとも清算手続が終了して企業の法人格が消滅するに至れば、労働契約も消滅するものであることは当然である)、企業の解散に先立って労働者に対する解雇が行われるときは、解散の効果とは別に当該解雇の効力を吟味することが必要になる。
二 債務者は、債務者会社並びに進永工業株式会社はいわゆる基礎工事会社であって建設工事等の減少による影響を直接に被る立場にあるものであること、進永工業株式会社は債務者会社を唯一の受注先とするものであるが、債務者会社の業績の悪化に伴い進永工業は多数の在庫製品を抱えた過剰生産状態にあったものであり、この状態の解消の目途が全く立たなかったことから、進永工業株式会社は企業を解散し整理することを決定したものであり、現在の進永工業株式会社の立場を考えると右は合理的な経済および経営分析に基づく経営判断であって、何ら非難されるべきものではないと主張する。
本件解雇に至るまでの進永工業株式会社、債務者会社の実態については、証拠によれば以下のとおりであるものと認められる。
1 債務者会社は各種ポンプ並びに同付属品の製造、販売、修理および賃貸借、土木建設機械および荷役運搬設備並びにこれらの付属品の製造、販売、修理および賃貸借を目的として、昭和六一年一一月二七日に設立された株式会社であり、その代表取締役は児玉恭典である(<証拠略>)。
進永工業株式会社は土木建設基礎工事用機械器具の製造および加工等を目的として昭和三六年三月一〇日に設立された株式会社であり、その代表取締役は児玉ゑみ子であったが、同社は平成一〇年八月四日に解散の登記をして児玉ゑみ子が代表清算人に就任している(<証拠略>)。
株式会社進永は各種ポンプ並びに同付属品の販売業務、土木建設機械および荷役運搬設備並びにこれらの付属品の販売業務等を目的として平成二年六月五日に設立された株式会社であり、その代表取締役は児玉恭典である(<証拠略>)。
債務者会社と進永工業株式会社とは本店住所地を同じくするものであり、株式会社進永の本店住所地は同社代表取締役である児玉恭典の住所地と同じである(<証拠略>)。
進永工業株式会社はジョイントその他の部品を工作機械で製造する会社であり、製品は株式会社進永、債務者会社を経由して客先に出荷している。債務者会社は直接顧客との間で機器の製造販売も行うが、株式会社進永は債務者会社並びに進永工業株式会社の資産保有のために存在する会社で実質的な営業活動はほとんど行っていない(<証拠略>)。これら三社は別異の法人格を有するとは言うものの、実質的には三社一体となって児玉恭典が采配する建設機械類の製造販売業を行ってきたものであると認められる。
2 債務者会社らが属する基礎工事業界は、最近における下請価格の下落、仕事量の減少等を原因として一般的に極めて厳しい経営環境にあるものと認められ(<証拠略>)、債務者会社においても平成九年九月頃には人員を整理し、企業規模を縮小することを計画したことがある。当時債務者会社には一六名の従業員がいたが、一旦一名を残してその全員が退職した。しかしその後一部の元従業員から会社存続の要望がでて、現在は五名の社員で会社を運営している(<証拠略>)。
3 右の環境の中で、進永工業株式会社は前掲争いのない事実に摘示の経過を以て債権者ら全従業員に対し、同社の工場の全業務を廃止し企業を廃止することを決定したものとして本件解雇を行った。
進永工業株式会社の資産については、平成一〇年七月三日付で大東市<以下略>所在宅地、奈良県生駒市<以下略>所在土地等を児玉恭典、児玉ゑみ子の両名に合計金四億四九〇〇万円で売却する旨の、同年七月二〇日付で奈良県生駒市<以下略>所在の建物二戸を合計金三三八九万二〇〇〇円で児玉恭典、児玉ゑみ子の両名にいずれも売却する旨の売買契約を締結している(<証拠略>)。また平成一〇年七月三一日現在において進永工業株式会社が所有する全ての工作機械および治具、ツール、工具、備品、設備に関するものについては、平成一〇年七月五日付でこれを金四二〇〇万円で債務者会社に売却する旨の契約を締結している(<証拠略>)。
三 債務者会社ら三社が基礎工事業界の不況によって経営的に深刻な面にたたされていることはある程度想像することが出来るけれども、本件に現れた証拠をもってはその事態を計数的に確定することは出来ないし、三社を経営する児玉恭典が真実進永工業株式会社の経営の廃止を企画しているものと言うには未だ疑問があると言うべきである。
即ちまず債務者は、進永工業株式会社、債務者会社の経営を明らかにする資料として両社の当期並びに前期の仕入高、売上高を比較した資料を(証拠略)として提出するが、これらは基礎となるべき帳簿類が添付されておらずその正確性を検証することが出来ない。
また児玉恭典は昨年の六月には銀行からの数億の借入金の月々の返済が不能になり、個人の資産を会社(進永工業株式会社)に投入したものと言うが(<証拠略>)、(証拠略)として提出されている決算書類上はかかる借入金の存在を認めることが出来ないし、かえって同証によれば、進永工業株式会社の当期における支払利息の額は金一六三、四七〇円に過ぎないものと認められ、当期において発生した損失はその全部が固定資産売却にかかる特別損失であって、売上から経費を控除した営業損益の部分においてはなお黒字を維持しているものと認められる。
進永工業株式会社はその所有する不動産、機械工具類について平成一〇年七月中にこれを他に売却する契約を締結しているものであること前認定のとおりであるが、不動産についてはその売却の相手方は児玉恭典、ゑみ子の両名であり、このことからすれば真実これらの者が営業の廃止を目的としているとは(ママ)考えるには疑問があると言うべきであるし、機械工具類については前認定の売買契約締結後更に平成一〇年一〇月五日付で井筒鋼業株式会社に金二六五〇万円で再度売買契約が結ばれているところであり(<証拠略>)、これらの契約が真実所有権の移転を目的とした有効な契約であると断ずるには疑問があるものと言わざるを得ない。
四 債務者は進永工業株式会社の解散に続いて、債務者会社自身も近く解散する予定である旨の主張をするものであるが、前項に認定した事実に鑑みるときは、かかる主張事実は客観的に認めがたいと言うにとま(ママ)らず、かえって債務者会社並びにその代表者児玉恭典らが進永工業株式会社の不動産、機械工具類の一式を譲り受けることによって、進永工業株式会社が行っていた営業を、規模を縮小しながらも継続する意思を有しているものと一応認められるところである。進永工業株式会社の機械工具類は、平成一〇年一〇月五日付で第三者である井筒鋼業株式会社に売却されているものではあるが、前認定のとおりこれは平成一〇年七月五日付売買で児玉恭典らが買い受ける契約をした目的物と同一のものであると解され、真実児玉恭典らが営業廃止の意思のもとにこれを処分したものとまで認めることが出来ない。
そうすると進永工業株式会社がした本件解雇は債務者の主張によれば企業廃止に基づく従業員の全員解雇であるというのであるが、実質的にはこれと一体となって児玉恭典が采配する建設機械類の製造販売業を営む債務者会社にその営業は継承されるものと認められるのであって、その企業廃止という前提は廃止を仮装したものであると一応認められる。そうすると本件解雇は無効であるというほかない。
なお進永工業株式会社が一般的な経営危機の中にあり、人員乃至会社組織を整理することなくしては企業の存続が危うい状況下に仮にあるものとしても、本件解雇は全員解雇であって被解雇者の選定の合理性を全く欠くものであるから、これを整理解雇として有効とみることもできない。
五 以上のとおり本件解雇は無効であると言うべきところ、進永工業株式会社の営業は、これと実質的一体性を有する債務者会社に継承されるものであること前認定のとおりであるから、債権者らと進永工業株式会社との間の労働関係も、債権者らと債務者会社との間の労働関係として継承されるものと言うべきである。
六 よって債務者は債権者らに対し平成一〇年八月以降、給与の支払いをすべき義務あるものと言うべきであるが(この時期以降の給与が支払われていることについては債務者において主張立証がない)、債権者らの給与の額は(証拠略)によれば、債権者平井敬二郎は金三六八、一二三円、債権者松岡潤は金三九〇、〇六六円、債権者辰井康泰は金二九八、二〇一円、債権者西口強は金二五八、五〇〇円、債権者河本正美は金二五五、三〇二円、債権者中村辰則は金三一九、一〇二円、債権者山田己次は金三〇五、〇〇〇円であるものと認められる。債権者平井敬二郎はこれと異なる数額を主張するが、右を超えて給与額を認めるべき証拠はない。
進永工業株式会社における給与の支払期については、債権者らにおいてはこれを毎月二〇日締めの当月末日の前日払いと主張するものであるところ、債務者においてはこれを明らかに争わないので債権者の主張のとおり認める。
七 審尋の全趣旨によれば債権者らは進永工業株式会社からの給与収入を唯一の収入として生活を維持するものであると認められ、本件保全の必要を備えるものであると認められる。
よって債権者らに保証を立てさせることなく、主文のとおり決定する。
(裁判官 川谷道郎)